丸メガネの空想

パニック障害寛解・うつ悪化中のニンゲンの記録

療養ってなんだ

どうも。早くも暗澹たる記事でございます。

今日もつい先程、昼から眠りこけ起きたところ。不安感が強く出ていたのでワイパックスを投入。そして抑うつな状態で晩の薬を飲む。ご飯を食べることも億劫になってしまった。

毎日こんな状態だ。目覚めていると何か先につながることをしなければという焦燥感に襲われ、寝ているときは良いが起きると不安感、抑うつに襲われる。気力振り絞って散歩でも行こうか、残念、外は雪で閉ざされている。

療養ってなんだろうか。これが療養なのだろうか。毎日気力がなく、なんとか弄れるスマートフォンを握り眠くなっては寝る。

少し落ち着いて考えれば、寝込んでしまう期間があっても、薬を変えれば数週は様子を見る期間が必要なので分からなくもない。今回の私は抗うつが足りなかったようだ。イフェクサーを1capでは足りないようだ。しかし、増やせばイライラも出てきやすくなるかもしれない。イライラしつつも能動的だった時期があった。そのときは我が強くなったり、今でも若干あるのだが他人が自分を敵視しているという考えに囚われてしまったのだった。

イライラに関しては吐き出すしかないと、罵詈雑言気にせず書き殴り、後にシュレッダーにかけてしまうという方法を取ればよいのではと考えた。ただまあ今のように寝て過ごしていてはイライラすることは殆どないのだが。

とりあえずイフェクサーが2capになって、能動性が戻ってきたとして。何をすれば良いのだろうか、というより何をしていたんだ以前は。起きていては焦燥感が募り、将来の光がどんどん薄れていく。薬の助けで何かをやろうという気は起きてくるのだろうか。

 

良くないことに最近は意味について考え始めてしまった。何故良くないのか、自分が存在する意味についてだからだ。塞ぎ込んでいるときは大抵存在する意味はないというところに終着する。そして半端ではない希死念慮に襲われる。自傷などの経験はないが、自ら命を絶つ方法はなんとなしに考えることが多い。(昔一度やってしまったが無知故に助かった)

先日は危なかった。叔父に精神論・根性論で殴られたときだが、希死念慮が頭の中で反響し狂いそうになった。眠れなくなり一晩遺書を書いていた。急遽鎮静剤を注射してもらい、深夜でも受付している精神病棟を紹介してもらった。

いのちの電話なんてものがあるが、ソーシャルワーカーの方に聞いたところ、あれは相談員により雲泥の差があるようだ。死にたい、消えたいのだと電話をしたらそこまでなら主治医に相談すべきと対応されるなんてこともあるようだ。(電話しなくて良かったかもしれない)

閑話休題

こうも布団に塞ぎ込む日々が続くと消えたいという念も強固なものになってしまう。療養になっているのだろうか。前に進んでいるのだろうか。出口のあるトンネルに入り込んだのなら良いが、迷宮のような洞窟に入り込んではいないだろうか。光がみえない。自分が存在していいのかも解らない。生きているだけでいいのだと人は言うが、過去の嫌なフラッシュバックに怯え、布団に塞ぎ込むことが良いことなのか。

抗不安薬も効いているのか分からなくなってきた。まずは次の診療でどうなるかだ。

 

とりあえず、まだ生きようとは思っている様子

 

そんなかんじ、です。

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